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東京地方裁判所 平成2年(ワ)16443号 判決 1991年4月19日

原告

第一住宅金融株式会社

右代表者支配人

岡本昇

右訴訟代理人弁護士

來山守

被告

株式会社熊本総合ファイナンス

右代表者代表取締役

近村博人

右訴訟代理人弁護士

紫垣陸助

内田光也

佐竹浩一

主文

一  被告は、原告に対し、金四一六万四七七九円及びこれに対する平成二年一二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、熊本地方裁判所人吉支部昭和六二年(ケ)第二九号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)において、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)が一括競売された際にその配当計算に誤りがあった結果、原告への配当額が本来受けるべき配当額よりも四一六万四七七九円少なくなり、被告が右金額分だけ多くの配当を受けたとして、原告から被告に対し、右金員の不当利得の返還を求めた事案である。

一争いのない事実

1  本件土地及び建物は、本件競売事件において、平成二年九月二一日、一括競売により売却価格三八〇五万円で売却され、右売却金は、別表二記載のとおり配当され、その結果、原告は、本件土地の売却金の部分から一〇〇四万三九二六円、本件建物の売却金の部分から二三万五一九三円、合計一〇二七万九一一九円の配当金の交付を受け、被告は、競売手続費用四四万六二八二円のほかに、本件建物の売却金の部分から一九〇〇万三四六五円の配当金の交付を受けた(なお、本件土地及び建物を一括売却する場合の本件土地の評価額は一八七六万九〇〇〇円であり、本件建物の評価額は一九二八万二〇〇〇円であった。)。

2  右売却時点における本件土地及び建物についての抵当権者(あるいは根抵当権者)及びその順位は、別表一記載のとおりであり、原告の本件土地第二順位の抵当権(抵当権設定登記は昭和六〇年三月一八日受付)と本件建物第三順位の抵当権(抵当権設定登記は昭和六一年三月二七日受付)は、共同抵当権であり、また、被告の本件土地第三順位の根抵当権(根抵当権設定登記は昭和六一年二月一日受付)と本件建物第二順位の根抵当権(根抵当権設定登記は昭和六一年三月二七日受付)は、共同根抵当権であった。

3  原告は、平成二年九月二五日ころ、熊本地方裁判所人吉支部から、同年一一月一三日午前一一時の配当期日への呼出しを受けたが、右期日に出頭せず、配当異議の申出も、また、配当異議の訴えの提起もしなかった。

4  原告は、被告に対し、同年一二月二〇日に被告に到達した書面で、本件の不当利得金として四一六万四七七九円を支払うよう催告した。

二争点

1  配当計算の誤りの有無

2  抵当権者が抵当物件の競売手続において配当異議の申出等をしなかった場合における他の根抵当権者に対する配当計算の過誤を理由とする不当利得返還請求の可否

第三争点に対する判断

一原告の主張

原告は、本件競売事件の執行目的財産である本件土地及び建物につき、抵当権者として、いずれもその交換価値を実体法上把握しているのであるから、配当の結果、自己の実体法上の優先権が侵害されたときは、その部分の配当を受けた者に対して、自己の損失の結果、法律上の原因なくして利得したとして、不当利得の返還請求ができる。

二被告の反論

仮に、配当計算に誤りがあったとしても、民事執行法は配当財団の分配について、債権者間の調整を図る方法として配当異議の申出及び配当異議の訴えという救済手段を予定しており、原告はこの保障されている救済手段を行使せず、一方、配当表は、全債権者の合意があれば、その私的処分に従って作成されるべきものであるから、原告は本件配当表に基づく配当の実施を異議なく承認したと評価すべきである。

また、配当異議の申出等がない場合には、執行裁判所は配当表に基づいて配当を実施すべき義務があるから、本件において被告が配当金の交付を受けることは、原告、被告間の調整の関係においては、手続上も実体上も正当であり、法律上の原因を欠く利得ではない。

三裁判所の判断

1  本件競売事件のように、複数の不動産について、複数の共同抵当権あるいは共同根抵当権が設定され、その順位が錯綜している場合の配当計算については、時間的に先に共同抵当の関係となった共同抵当権あるいは共同根抵当権についてのみ、債権額を各物件の売却価格で按分し各物件に対して行使する債権額を求め、その共同抵当権あるいは共同根抵当権に優先する共同抵当権あるいは共同根抵当権は、その優先する範囲で単独抵当権として扱う方法によることが妥当であり、右方法によれば、本件競売手続における原告に対する配当金額は別紙記載の計算式のとおり一四四四万三八九九円(円未満は切捨て)となり(なお、原告の被担保債権額の合計は三一七八万二三四二円であり<証拠>、右配当額一四四四万三八九九円を上回る。)、本件競売手続の配当計算には誤りがあったといわざるを得ない。

したがって、本件競売手続における配当計算の過誤により、原告への配当額は本来受けるべき配当額より四一六万四七八〇円少なくなり、被告への配当額がその金額分だけ多くなったと認められる。

2 執行目的財産の交換価値を実体法上把握している担保権者は、配当計算の誤りによって自己の実体法上の優先権が侵害されたときは、不動産競売事件の配当期日において配当異議の申出をしなかった場合であっても、右侵害部分についての優先権を有しないにもかかわらず配当を受けた債権者に対して、その者が配当を受けたことによって自己が配当を受けることができなかった金銭相当額の金員の返還を請求することができるものと解するのが相当である。

これを本件について見ると、原告は、本件競売事件の執行目的財産である本件土地及び建物につき、共同抵当権を有し、本件競売手続において、本来であれば本件土地の売却金の部分から一四四四万三八九九円の配当金の交付を受けるべきところ、配当計算に誤りがあった結果、合計一〇二七万九一一九円の配当金の交付を受けたにすぎないのであるから、右金額の差額分四一六万四七八〇円を含めて配当金の交付を受けた被告に対しては、右差額分を不当利得として返還請求ができる。

別表一

抵当権の順位

別紙物件目録一記載の土地

別紙物件目録二記載の建物

物件

1

財団法人公庫住宅融資保証協会

財団法人公庫住宅融資保証協会

2

原告

被告

3

被告

原告

4

株式会社熊本銀行

株式会社熊本銀行

5

熊本県信用保証協会

熊本県信用保証協会

被告は、原告が配当異議の申出等の救済手段を利用しなかった以上は、本件配当表に基づく配当の実施を異議なく承認したと評価すべきである旨主張するが、民事執行法の配当表作成手続は、配当表の実施の目的を超えて、他の債権者の実体法上の権利の承認又は自己の有する不当利得返還請求権の放棄を推認させる構造とはなっていないから、原告が配当異議の申出等の救済手段を利用しなかったことをもって、配当表の記載を争わない旨の私的な処分がされたと見ることはできない。

また、被告は、本件において被告が配当金の交付を受けることは、原告、被告間の調整の関係においては、手続上も実体上も正当であり、法律上の原因を欠く利得ではない旨主張するが、前記のとおり、原告が配当異議の申出等の救済手段を利用しなかったことによって実体的な権利関係の放棄等がもたらされるわけではなく、配当表に従った配当の実施は係争配当金の帰属を確定するものではないから、他人の実体法上の優先権を侵害して多額の配当を受けた場合は、右配当金の受領は法律上の原因を欠く利得に該当すると解すべきである。

よって、原告の請求は理由がある。

(裁判長裁判官石垣君雄 裁判官木村元昭 裁判官古谷恭一郎)

別紙物件目録<省略>

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